今日は、IDATEN interactive case conferenceが都内で行われた。
よくテレビにも出演されている東北大学の押谷仁先生が現在の新型インフルエンザの動向について解説を下さって大変に面白かった。
まず、強調されていたのは、疫学は競馬の予想をしているのではないので、常に最悪の場合を想定しないといけないということ。
各国の動向では、遅れて成人の感染が広がり、その中で重症化・死亡しやすいとのこと。これから、日本もそのような傾向にならないとは、言えない。そして現に厚労省によるここ4週間の死亡者数は4,3,4,5人,と少しずつ上昇傾向にあり、一気に爆発的に増える危険性も拭えない。
現時点では、日本の感染動向は各国とは違う特異なパターンを示している。その理由として、①学級閉鎖などの感染拡大対策、②タミフル・リレンザの早期投与が考えられるが、あくまで推測の域を出なく、ちゃんとした解析が待たれるとのこと。
本題とは外れるが、妥当性の証明は疫学を聞きかじったことのある身では本当に難しいと思う。「正しさ」の主張は、取りもなおさず、反対意見の不正を主張になるからだ。最近「正しさ」の胡散臭さを感じるようになってきた。
行きの途中、舞城王太郎の本を買ってみた。教養のための本の中で紹介されていて、実に楽しみだ。初めての作者の本に触れるときの未知さというか、ワクワク感を久しぶりに感じている。
今度は、友達に白洲次郎についての本を借りよう(ドラマになって以来一種のブームになっているので、自分はへそ曲がりなのでそれを忌避するように試みているが、それを押してもオススメらしい)。ローマ人の物語もそろそろ返して新しいタームを借りないと。
2009年12月6日日曜日
リーダーシップの旅 見えないものを見る
リーダーシップの旅 見えないものを見る (光文社新書)
野田 智義 (著), 金井 壽宏 (著)
敬愛するI先生のブログで紹介されていて、いつか読もうと思っていたら書店で見かけてつい衝動買いしてしまった。本当に考えさせられる。また、人生の節目に悩んだら読もう。
lead the self → lead the people → lead the societyという3つの段階を経てリーダーとなる。常日頃より自分自身をリードできないとリーダーになれない。
地球史の中からみれば取るに足らない個人でも、地球史からみれば取るに足らない個人の一瞬(一日)でもきっと意味はある。
そして、リーダーシップのダークサイドにも触れているのは、新書では珍しい面だと思う。とかく、わかりやすくとか紙面の都合とかの理由がつけられるとは、思うがあえて負の面に触れることで、全体のバランスがとれている。
ただ、「本当にやりたいと欲せば、絶対に実現できる」というのは、呈のいい言い回しだと思う。実現できたことを逆算すればそれは、あなたが本当に実現したいと望んでいたといえるかもしれない。逆に実現できなければ、それはあなたが本当に実現したいと望んでいないと言える。そして、中間の本当に実現したいと思っているのにそれが実現不可能なことと場合、そのヒトは中途で斃れることになり、実現できない。この言い回しは多分に占い的などっちに出ても当たるようになっている。この心意気は否定しないが。
忙しいふりをしているのは、inactive activeといえる。これは確かにそうだと思う。グーグルも普段の仕事の5~10%は新規の独創的なプロジェクトに回すようにしている。いつか(1.5年後)自分にも目の前の仕事に追われて、大きな絵を見失う日が来るのだろう。その期間に備えて今から、一緒に目指す人脈や、アカデミックさを見失わない仲間とのネットワークを築いておこう。
難癖をつけたが、今まで読んだ新書類の中で一番琴線に触れた。特に今描いているキャリアプランに迷いが生じ始めている自分にとっては。
結局、他人のドグマに流されないように自分の軸を獲得するために、教養・経験は必要なのだ。と行間からは読める。
読み終わって瞬間に隣の友達に貸した。手元に返ってこなくていいから、それくらいみんなに読んで欲しい。
野田 智義 (著), 金井 壽宏 (著)
敬愛するI先生のブログで紹介されていて、いつか読もうと思っていたら書店で見かけてつい衝動買いしてしまった。本当に考えさせられる。また、人生の節目に悩んだら読もう。
lead the self → lead the people → lead the societyという3つの段階を経てリーダーとなる。常日頃より自分自身をリードできないとリーダーになれない。
地球史の中からみれば取るに足らない個人でも、地球史からみれば取るに足らない個人の一瞬(一日)でもきっと意味はある。
そして、リーダーシップのダークサイドにも触れているのは、新書では珍しい面だと思う。とかく、わかりやすくとか紙面の都合とかの理由がつけられるとは、思うがあえて負の面に触れることで、全体のバランスがとれている。
ただ、「本当にやりたいと欲せば、絶対に実現できる」というのは、呈のいい言い回しだと思う。実現できたことを逆算すればそれは、あなたが本当に実現したいと望んでいたといえるかもしれない。逆に実現できなければ、それはあなたが本当に実現したいと望んでいないと言える。そして、中間の本当に実現したいと思っているのにそれが実現不可能なことと場合、そのヒトは中途で斃れることになり、実現できない。この言い回しは多分に占い的などっちに出ても当たるようになっている。この心意気は否定しないが。
忙しいふりをしているのは、inactive activeといえる。これは確かにそうだと思う。グーグルも普段の仕事の5~10%は新規の独創的なプロジェクトに回すようにしている。いつか(1.5年後)自分にも目の前の仕事に追われて、大きな絵を見失う日が来るのだろう。その期間に備えて今から、一緒に目指す人脈や、アカデミックさを見失わない仲間とのネットワークを築いておこう。
難癖をつけたが、今まで読んだ新書類の中で一番琴線に触れた。特に今描いているキャリアプランに迷いが生じ始めている自分にとっては。
結局、他人のドグマに流されないように自分の軸を獲得するために、教養・経験は必要なのだ。と行間からは読める。
読み終わって瞬間に隣の友達に貸した。手元に返ってこなくていいから、それくらいみんなに読んで欲しい。
「理系」が未来を変える! 続編
先日のシンポジウムに関して、十分に意見・感想を述べられなかったため追記する。
本来、理系が果たすべき説明責任を果たしてこなかったため、(仕分けでザックバランに切られるような)このような事態になったのだと思う。金をせしめる時(すみませんストレートな言い方で)は、「こんなに社会に役立ちますよ」と歌っておきながら、いざ金が削られる時になると「科学は聖域だから」「科学技術立国日本を壊すのか」という二枚舌を使っていたツケが回ってきたのだと思う。そのような「甘え」に一石を投じた意味でも今回の事業仕分けは意味をなしたと考える(個人的には、出身も合わせて科学応援派なので、科学のための費用を削られることには抵抗を感じるが)。
ちなみに、フロアからの意見として出ていたが、日本はあまりに綺麗事しか見せていないことにも問題があると思う。確かに科学を進める上で、「宇宙の起源に迫る」「医学の進歩に貢献する」「地球環境の改善に役立つ」などの綺麗事を言うのは、多くのヒトを引き付ける上ではそのようなある意味プロパガンダ(別の言い方ではリーダーシップ・夢、悪く言えば美辞麗句)は必要だと思う。しかし、一方で、その研究を進める上で、金銭感覚や、当たり前の社会常識を身につけずに研究室という限られた空間だけに留まっているのは、(特に国立大では)血税を投入してもらっているという身ではおかしいと感じるべきだ。メディアもあまりに汚いもの(金、死、生、性など)に蓋をした報道をしたきただけに、多くの学生には突然社会に出た瞬間に清濁併せ持てというのも酷だと多分に思う。
そして、斜陽の国にいる限りは、いくら「国民の健康・命のため」というスローガンを掲げてもある程度は合理的にあるべき医療体制に余波がくると考えるのは想像に難くない。これからは予防と疫学の時代が主流になるだろう。
M君に自分の記事を引用してもらえて非常にうれしいと思う。これは、本来このシンポに来たくても来れなかったO君のためにその要訳+意見を記載したものだからだ。
卒論が終わったら連絡下さい。大学時代に読んで欲しい多くの本をキープしてます。きっと卒論でしか味わえない深い世界もあるけれど、燃え尽きてはいられないと思えるくらい広い世界もあると思う。
本来、理系が果たすべき説明責任を果たしてこなかったため、(仕分けでザックバランに切られるような)このような事態になったのだと思う。金をせしめる時(すみませんストレートな言い方で)は、「こんなに社会に役立ちますよ」と歌っておきながら、いざ金が削られる時になると「科学は聖域だから」「科学技術立国日本を壊すのか」という二枚舌を使っていたツケが回ってきたのだと思う。そのような「甘え」に一石を投じた意味でも今回の事業仕分けは意味をなしたと考える(個人的には、出身も合わせて科学応援派なので、科学のための費用を削られることには抵抗を感じるが)。
ちなみに、フロアからの意見として出ていたが、日本はあまりに綺麗事しか見せていないことにも問題があると思う。確かに科学を進める上で、「宇宙の起源に迫る」「医学の進歩に貢献する」「地球環境の改善に役立つ」などの綺麗事を言うのは、多くのヒトを引き付ける上ではそのようなある意味プロパガンダ(別の言い方ではリーダーシップ・夢、悪く言えば美辞麗句)は必要だと思う。しかし、一方で、その研究を進める上で、金銭感覚や、当たり前の社会常識を身につけずに研究室という限られた空間だけに留まっているのは、(特に国立大では)血税を投入してもらっているという身ではおかしいと感じるべきだ。メディアもあまりに汚いもの(金、死、生、性など)に蓋をした報道をしたきただけに、多くの学生には突然社会に出た瞬間に清濁併せ持てというのも酷だと多分に思う。
そして、斜陽の国にいる限りは、いくら「国民の健康・命のため」というスローガンを掲げてもある程度は合理的にあるべき医療体制に余波がくると考えるのは想像に難くない。これからは予防と疫学の時代が主流になるだろう。
M君に自分の記事を引用してもらえて非常にうれしいと思う。これは、本来このシンポに来たくても来れなかったO君のためにその要訳+意見を記載したものだからだ。
卒論が終わったら連絡下さい。大学時代に読んで欲しい多くの本をキープしてます。きっと卒論でしか味わえない深い世界もあるけれど、燃え尽きてはいられないと思えるくらい広い世界もあると思う。
2009年12月4日金曜日
「理系」が未来を変える!
文理融合シンポジウム 「理系」が未来を変える!
に参加してきた。考えてみると医学系のセミナーや授業に参加するのは久しぶりだった。
都内のB国大使館にビザを取りに行った帰り、面白そうなシンポジウムをO君から告知されていたので、足を運んでみた。(というより、帰り道だったので寄ってみたという方が正しいのかもしれない)
行ってみたら副題が「博士人材の社会貢献とキャリアパス」となっていて、自分には場違いであったと感じたが、聴いていたらなかなか面白かった。
基調講演は毎日新聞科学環境部の元村氏で、日本のを取り巻く現状の厳しさを指摘した。人材・金・資源・信頼がないにも関わらず、競争は激化している。そして、専門が細分化されており、連携ができていない。
I型、T型、П型と表現していたのは面白かった(いずれも下に伸びるのが専門分野で上にある横棒は幅広い知識)。従来の理系がI型であったが、より後者になれるようにとのことだ。
続いて、パネルデスカッションで元村氏、西村氏、朝日氏の3氏が熱い議論を交わされていた。
西村氏の持論は、大学は道楽で、共産圏崩壊+グローバル化→多くの低賃金労働者出現→先進国で大学進学率上昇、つまり大学は失業対策なのだ。科学→技術→経済というliner modelはそもそも存在しない。というネガティブな側面を強調されていた。
一方の朝日氏は大学で先端研究に触れることで、研究力(独創力)と社会力(深い教養、正しい倫理感、自己と他者の正確な把握の上のコミュニケーション、変革を牽引するリーダーシップなど)を得ることができ、それには大学が一番だ。だだし、大学の問題として、①教える側に社会シテラシーがないため、それが身につかない学生を輩出してしまう②優秀な学生を研究室内に飼い殺してしまい、「他流試合」をさせていない。
両氏とも言っている事は同じことで、それらをポジティブに言うかネガティブに言うかの違いだけだった。
社会に対して説明責任を果たしてこなかったため、「事業仕分け」はそれを見直す良いきっかけではないか?これからは、研究室だけに留まらずに、理系の素養をもった人材を広く社会に輩出する役割を大学が担うべき。そのためには、たこつぼ化していた分野間の壁を完全に取っ払うことはできなくても、壁の向こう側を覗いてみたり、壁を薄くする努力をしなくてはならない。
聴いていて、専門性と教養の両立の重要性、専門分化され不十分な連携など医学にも通じるところが多い。科学界の縮図が各分野にあるのだろう。
そして、経済状況の悪さから、皆の将来への不安がすごく感じられた。雇用の心配が少ないだけでも(労働環境は決して良くはないが)恵まれているのかもしれない。この危機感は、自分たちの分野に波及するのもそう遠くはないだろう。確かに「聖域」論だけで、いつまでも費用を確保できるほど、甘くない時代はもうそこまできている。金銭感覚のない理系は、これからは生き残れないだろう。
個人的には○○力という表現には、胡散臭さが漂う感を禁じえないが・・・
に参加してきた。考えてみると医学系のセミナーや授業に参加するのは久しぶりだった。
都内のB国大使館にビザを取りに行った帰り、面白そうなシンポジウムをO君から告知されていたので、足を運んでみた。(というより、帰り道だったので寄ってみたという方が正しいのかもしれない)
行ってみたら副題が「博士人材の社会貢献とキャリアパス」となっていて、自分には場違いであったと感じたが、聴いていたらなかなか面白かった。
基調講演は毎日新聞科学環境部の元村氏で、日本のを取り巻く現状の厳しさを指摘した。人材・金・資源・信頼がないにも関わらず、競争は激化している。そして、専門が細分化されており、連携ができていない。
I型、T型、П型と表現していたのは面白かった(いずれも下に伸びるのが専門分野で上にある横棒は幅広い知識)。従来の理系がI型であったが、より後者になれるようにとのことだ。
続いて、パネルデスカッションで元村氏、西村氏、朝日氏の3氏が熱い議論を交わされていた。
西村氏の持論は、大学は道楽で、共産圏崩壊+グローバル化→多くの低賃金労働者出現→先進国で大学進学率上昇、つまり大学は失業対策なのだ。科学→技術→経済というliner modelはそもそも存在しない。というネガティブな側面を強調されていた。
一方の朝日氏は大学で先端研究に触れることで、研究力(独創力)と社会力(深い教養、正しい倫理感、自己と他者の正確な把握の上のコミュニケーション、変革を牽引するリーダーシップなど)を得ることができ、それには大学が一番だ。だだし、大学の問題として、①教える側に社会シテラシーがないため、それが身につかない学生を輩出してしまう②優秀な学生を研究室内に飼い殺してしまい、「他流試合」をさせていない。
両氏とも言っている事は同じことで、それらをポジティブに言うかネガティブに言うかの違いだけだった。
社会に対して説明責任を果たしてこなかったため、「事業仕分け」はそれを見直す良いきっかけではないか?これからは、研究室だけに留まらずに、理系の素養をもった人材を広く社会に輩出する役割を大学が担うべき。そのためには、たこつぼ化していた分野間の壁を完全に取っ払うことはできなくても、壁の向こう側を覗いてみたり、壁を薄くする努力をしなくてはならない。
聴いていて、専門性と教養の両立の重要性、専門分化され不十分な連携など医学にも通じるところが多い。科学界の縮図が各分野にあるのだろう。
そして、経済状況の悪さから、皆の将来への不安がすごく感じられた。雇用の心配が少ないだけでも(労働環境は決して良くはないが)恵まれているのかもしれない。この危機感は、自分たちの分野に波及するのもそう遠くはないだろう。確かに「聖域」論だけで、いつまでも費用を確保できるほど、甘くない時代はもうそこまできている。金銭感覚のない理系は、これからは生き残れないだろう。
個人的には○○力という表現には、胡散臭さが漂う感を禁じえないが・・・
人体常在菌のはなし
人体常在菌のはなし -美人は菌でつくられる 青木のぼる
友達から借りて読んだ本。
確かに日本人の綺麗好きすぎる傾向に警鐘をならしている点では賛同できる。
菌にストレスがかかるかは謎。まぁフ~ンって感じだった。そんなに新たな発見はなかった。
友達から借りて読んだ本。
確かに日本人の綺麗好きすぎる傾向に警鐘をならしている点では賛同できる。
菌にストレスがかかるかは謎。まぁフ~ンって感じだった。そんなに新たな発見はなかった。
2009年12月2日水曜日
緒言
ドクターはドクターにしかできない仕事に集中すべき
確かに他の人でもできる仕事が多い。コメディカルの方が充実していれば、働き方も変わるし、ドクター自身の仕事も生活も質が上がると思う。ドクターの地域や分野での偏在の原因にもなっているのではないか?診療報酬を上げて単純に給料を上げるだけではなく、サポート体制の充実など多角的にアプローチしないと偏在の問題は解決しないと思う。
医師免許はヒトを救える可能性もあるし、殺す可能性もある
もちろん、後者については意図せずにそのような結果を招いてしまう可能性に警鐘をならしているのであって。勉強します。
正しい知識をどれだけ知っているかも大事だが、正しい知識にいかに早くアクセスするすべを知っているかはもっと大事だ。
知識の量よりも学び方をいかに身につけるか。働き出したら、I-Phoneにしょうかな。
確かに他の人でもできる仕事が多い。コメディカルの方が充実していれば、働き方も変わるし、ドクター自身の仕事も生活も質が上がると思う。ドクターの地域や分野での偏在の原因にもなっているのではないか?診療報酬を上げて単純に給料を上げるだけではなく、サポート体制の充実など多角的にアプローチしないと偏在の問題は解決しないと思う。
医師免許はヒトを救える可能性もあるし、殺す可能性もある
もちろん、後者については意図せずにそのような結果を招いてしまう可能性に警鐘をならしているのであって。勉強します。
正しい知識をどれだけ知っているかも大事だが、正しい知識にいかに早くアクセスするすべを知っているかはもっと大事だ。
知識の量よりも学び方をいかに身につけるか。働き出したら、I-Phoneにしょうかな。
登録:
投稿 (Atom)