2010年7月31日土曜日

指一本の執念が勝負を決める

冨山 和彦著
Dr.Kiyoshi Kurokawaのブログを読んでいたら、出てきたので、つい購入しまった。
巷にあふれる自己啓発本かと思いきや、そこにあるのは彼の覚悟と生き様に裏打ちされた筆圧。

https://twitter.com/citron_men
twitterのまとめなので、両方フォローしていただいている方はだいぶ被っている(一部140字に入りきらない分の解説はあるが)読んでいただかなくて結構です。

「プロフェッショナルは、人間の苦悩と対峙する仕事。失敗がないのは、勝負をしていないことの証。」
もう「ごっこ」をするのはやめよう。ライバルは世界だ。眼から火が出る程死ぬ気で勉強しないと争えない。

「古典を読め!」
今読むべきは、How to本ではなく古典。本当に困ったときに助けになるのは、前者に記された表層的な内容でなく、後者に刻まれた人間の本質。
William Osler、立花隆、佐藤優、冨山 和彦と分別のある方はみんな同じことを言っている。残り少ない学生生活、古典を読むのに費やしてもいいかもしれない。

「若者に悪環境に身を置けとしきりに勧めるのは、人間は弱くて怠惰な生き物だからだ。プレッシャーなり、規律なり、競争なり、圧力が働かないと、そんなに努力しない。競争から逃げるな、どうせ選ぶなら難しい場所を選べ。敗戦を体験し、そこからのいくらでも立ち上がれ。」
だから、学生のうちは清貧に甘んじなくてはならない。
「負けたことがあるということは、いつか大きな財産となる」こと某バスケ漫画より

「大欲は無欲に似たり」From徒然草「我に七難八苦を与えたまえ」From山中鹿之助

3日くらい寝不足続きに考えたとしても間違いない判断が出せるようでなければ経営者とは言えない。平常のときに問題がないが、決断場の異常事態発生のとき、年齢からくる粘りのない体での“判断の間違い”が企業を破滅させた例を多く知っている。From藤沢武夫の研究
これから必要とされるのは、瞬発力ではなく、身体的持久力、知的持久力なんだろう。数日寝ないでも判断をミスしなかったり、1問目に出てきても340問目に出てきても同じように解けたり、するにはパブロフの犬的領域に達するまで訓練するしかなんだろうな。

「『自分がそう思いたい自分』を本当の自分と思い込んで、本当は精神的に脆い人間なのに、タフだという前提で修羅場に入ると、周囲に迷惑をかけるし、戦場から撤退ということになりかねない。若い時に危機的状況に身をさらしてみて自分がどういう人間か確認する機会をもった方がいい。」
「人間はみたい現実しかみない」ことローマ人の物語より
自分の思い込みたい自分が、単なる自己暗示なのか、本当にそうなっているのかは、極限状態に置いてみないとわからない。そして、できるなら失敗が許容させる、失敗しても比較的被害の小さい若年のうちに失敗経験を積んでおきたい。

「最後に勝つのは、いつまでも粘り強く、自分で考え抜いて正しいと判断したプロセスを踏みしめ、成功に向けて飽くなき追求をし、その途中で出会う困難にも耐え抜き続けた人間。つらいことがあっても、そこから何かを学び取り、次に活かせばやがて必ず勝てると信じて頑張ってほしい」
「自分の可能性を信じて疑えないバカになれ!」と後輩に送った言葉。
鋭敏さと鈍感さはケースバイケースで使い分けないといけない。鋭敏すぎると、時に自分の取り組んでいることに結果が予想できてしまうかもしれない。時に程よい鈍感さは必要となる。

7日間連続でバーチャルで勉強していたから、だいぶ偏った生活をしてしまった。
明日は水戸に行って、T先生と日直に入る。
なまった臨床感覚を鍛えなおしに行きたい。

医療崩壊、メディカルスクール制、医師の一般常識

日経BPの方のお話を聞く機会があった

・医療崩壊は本当に起こっているのか??
どう定義するかによって変わってくると思う。たとえば、これまで徒歩5分で病院に行けるところがバスで10分になってことを不便だと感じることはあると思う。
医療崩壊は日本全国ではほとんど起こっていないと言える。北海道のある地域を除いては。本来過剰気味だった供給が、本来のサイズに最適化されたとも考えられる。
ただ、病院を潰すと政治家は間違いなく、次の選挙で受かれない。
臨床研修制度(医学部卒業後に2年間の初期研修を学生と病院のそれぞれの希望順位を出してコンピューターでマッチさせる制度)のせいにする意見もあるが、それは少し違うかもしれない。一つ言えることは、臨床研修制度が始まって大学にも危機意識が生まれ医療界全体が良い方向に向かっている。

・メディカルスクール制についてどう思うか??
メディカルスクール:米国のように4年間他の学部を卒業した後でないと、4年間医学部にいけない制度。日本の一部大学では学士編入制度などを導入している。
そうすべきであると思う。医師の質の担保という意味では、医師免許取得後に十分できていない現状では、入り口からある一定のフィルターをかけざるを得ない。そのフィルターの意味ではメディカルスクール制は役立つはず。
―大学4年間多く過ごしても必ずしも人間形成に役立つとは限らないのではないですか?むしろ人格が固定されていまい、可塑性というか感化する力が鈍って入ってくる方もいらっしゃるのではないか?―
大学が何かをしてくれるというよりは、同学年が働きだしているのに、その状況でさらに勉強しようという方はかなりのモチベーションを持っているはず。そして、周囲が社会人という状況が当人を育ててくれると思う。

・一般にドクターの方は世間一般常識がないと言われると思いますが、どうすれば改善できると思いますか?
むしろ、少しくらい世間から離れても真剣に仕事に向き合うべきであると思う。むしろ一般常識を身につけようとするエネルギーを、医学の勉強に振り向けて欲しいと思う。

上記はあくまで私見であって、公の意見でないことはご了承ください。そして、自分も寝不足+アルコールで意識清明とはいえない状態であったこともご留意願います。
日頃疑問に思っているが、なかなか同じ穴の狢同士で話し合っても限界があると思っていた。
やはり、この業界を一歩離れた視点でご覧になっている方にお話しを伺うのは、参考になる。
チャンネルを狭めすぎないように、心がけたい。

2010年7月25日日曜日

スポーツ大陸~バドミントン 田児賢一~

ネット際から世界をねらえ ~バドミントン 田児賢一~

3夜連続飲み会を終えて、午前はダラダラしようとTVを見た

いかに練習で自分を追い込むか
試合だけ頑張ることはできない、そこにあるのはいつもの自分
練習でいかに試合を意識した実践的な練習をするか
そして、毎日が本番の試合だと思う、思い込むメンタルで臨んでいるか


自分自身にMAXの負荷をかけられるのは、あと少し
その後は、いかにMAXをかけたと思っても生物学的な衰えはある、必ず

今無理しないで、いつ無理するんだ
背伸びがヒトを大きく成長させるチャンスだ
目の前の1つ1つを大切に
でもなるべく欲張りたい


これは、シュミレーションや模擬○○でも同じだろう
いかに実践に近い想定をして行うか
そして一番大事なのは、参加者に実践だ、実践に限りなく近いと思って臨んでもらえるか

ケースを使った勉強も同じだ
いかに頭の体操気分で終わらずに、自分がこの現場に直面したらどうするかを考えてもらえるようにしたい

そう考えてもらえるように工夫しないと


本当に追い込んでいるのか、という自己評価は難しい
自己評価をすると、避けては通れない自分バイアス
辛めに自己評価して、身体的に精神的に不可逆なレベルに達するのもまずい

よく外部のセミナーや講演会に参加して「勉強した」気分を味わってお終いになっていないだろうか
一過性の刺激を繰り返すことで、除々に変わっていくのかもしれない
意識変容が行動変容に変わるまでの閾値を越えるのに時間がかかるのかもしれない
でも本当に「勉強した」気分で終わっていないか不安になる時がある

やはり必要なのは「平静の心」なのか

2010年7月23日金曜日

改正臓器移植法

が先週から施行された。
・本人の意思表示がなくても親族の同意で移植が可能に
・血縁者優先
が大きな変更点だ。今まで、意思表示できなかった小児についても脳死移植が可能になる。
虐待で脳死となってしまった児からの移植をいかに防ぐかなど、現場では危惧する声が聞かれる。

日本が大きな改善ができる分野として、Transplantation, Critical Care, Emergency Medicineだと思う。
Transplantationが不十分な理由を挙げようとすれば、初期にグレーな移植が行われていた、国民性として寄付という文化がない、親族が悲しんでいる際に移植提供を心情的に認められにくい、など枚挙にいとまがない。

今まで、日本は、他国に渡って移植を行っていた。
しかし、臓器売買などダークな商売の温床になっているとの非難もあり、WHOも渡航移植について規制をしていく流れになっている。

今まで、「死」について扱うのは社会一般としてタブーとされていた。
脳死に至るのは1%だとしても、その1%になった時にどんな最後を迎えたいのか、自身と周囲が考えておくいい機会になれば。

雑誌スピリッツの「新ブラックジャックによろしく」が終わった。
ちょうど非血縁者からの臓器移植について扱っていた。
この時期に終わらされるのは、これからしばらくはセンシティブな時期に差し掛かっているだからだろうか?

「脳死」になった際にどうしたいのか?
国単位で、移植しか治療の手立てがない方をどうしていくのか?

テスト

twitterとの連動をテスト中。

感染症チーム医療のアプローチ

「感染症チーム医療のアプローチ 解決力・交渉力を磨く」大曲貴夫著

静岡がんセンターにて感染症内科立ち上げに邁進された大曲先生が記した書。
立ち上げから軌道に乗せるまでの苦労や心がけが随所に散りばめられている。

ビジネス書を読むことが趣味との先生は、いかに円滑に患者を良い状態に持っていけるチーム運営についてミニケースを交えて解説されている。
能力も、人柄も優れた先生の面影をかんじることができる。
自分も趣味にビジネス書愛読を追加しようかな。

「説得」より「納得」

2010年7月12日月曜日

Wourld cup決勝

スペインが延長後半12分についに決勝点を挙げた。

ここまで来ると数cmの差が明暗を分ける。そして、その数cmを先に行くために彼らは4年間努力し続けてきた。

勝者のメンタリティは、成功体験の積み重ねと挫折からの復活を反復することでしか得られない。
いわゆる勝ちビビリからの脱却、染み付いた負け根性は無意識にも自分の今勝っている状況に疑問を投げかけてしまう。いかにポジティブなイメージを植えつけるかが、コーチングの腕の見せ所なのだろう。そのような意味では、今回の日本の成功体験(カメルーンへの勝利、オランダ・決勝トーナメントでの善戦)を4年後に生かしてもらえたら。

メンタルのコントロールの難しさを改めて感じた。お互い初優勝をかけた大一番。世界のトッププレーヤーでも、熱く冷静にいるのは、何とも難しいことか。

そして、対人スポーツには、必ず流れがある。流れを引き寄せるあるいは持って行かれるのは、時に自分の力の及ばない要因かもしれない。しかし、流れを変えるのは目の前の1ポイント1ポイントの積み重ね。

アフリカ初のワールドカップが大きな失敗なく終わって良かった良かった。

3時半から起きた甲斐があった。
これから卒試♪明日も卒試♪

日本の政治はしばらく混乱しそうな気が。小沢一郎が復権するのか、今後の帰趨に注目。

2010年7月9日金曜日

卒業試験とマッチング佳境

最近、更新できていなかった。
海外実習終了後、休むことなく、残った大学の実習、卒業試験の準備、マッチングの書類準備、そしてマッチングの試験対策が始まった。

先週日曜、実習でもお世話になったM戸の病院にボランティアで学びに行った。
座学中心でなまりきった臨床能力を取り戻すには、とてもいい機会だった。勘が鈍っていたが。
9時開始で、絶え間なく来院する患者さんと救急車に対応していたら、気づいたら14時になっていた。久しぶりでアドレナリンが出すぎていたのか、全く空腹を感じなかった。
先週の土日の話はまた今度改めてまとめることにする。

それで、今は・・・
卒業試験とマッチング試験の準備が佳境に入っている。
1時間勉強して15分休むというサイクルを8-10回回して1日が終わる。
なるべく、勉強開始-終了までの時間を書いて、自分の中でサインイン・サインアウトの儀式を行うようにしている。簡単な儀式だが、これをすると結構集中が持続する。

休憩時間中に海外に行っていて、読めなかった文春を遡って読んでいる。
全部を読む時間はないので、目次を見て、興味を引かれたものだけ読むようにしている。
それでも時間のない時は、その内容までパラグラフリーディングになってしまうが。

4月号の「就職できない学生できる学生」の記事を読んで、琴線に触れたものがあった。そもそもこの記事を読もうと思ったのは、マッチング佳境で(と言ってもそんなにガツガツ取り組んでいないが)、面接の時に採用側がどんなことを考えているか知っておくのは、損にならないと思った実利面が大きい。
以下S堂人事課の方の話
「最近の学生の共通項に「横、バーチャル、同世代」が得意で、「縦、リアル、異世代」が苦手。これは社会人としては少し頼りなく映ります。」
自分の理想の将来像であるメンターをもち、そこに近づけるように日々精進したい。
同世代から学びあえることも大いにあるが、同世代のどんぐりの背比べだけに終始していては、人間のスケールが小さくなってしまう。