2010年6月20日日曜日

がんばりすぎない



写真はマレーシア国立博物館の展示物
ご多分に漏れず、以下の記事とは関係ない

金沢大学医薬保健研究医学系医学教育研究センター准教授 松村正巳先生の言より
ドクターズマガジン No.128 July 2010
「」が引用
それ以外は私見

「医学部生が、それぞれの知識で診断を述べ合う行為に意義がある。正解か不正解かは二の次」

思考プロセスを具現化することで、自分の整理にもなる
これは、裏を返せば、ディスカッションの能力が系統立てて教育されていないことの裏打ちでもある

ディスカッションは「自分が正しい」と主張するのではなく
問いを立て、それに対する解をお互い出しあって一番ベターなものになるように検討するべきだ


「寺澤秀一先生に尋ねた仲間を増やすための答え『がんばりすぎないことじゃないか』」

余裕がなくても余裕があるように振舞うと、案外切羽詰まっているようで、実は余裕ってあるもの
1.がんばりすぎない
2.一時的にがんばりすぎていても、がんばりすぎていないように振舞う
やっている本人が辛いことを他人にススメることはできないし、周りもみてて一緒にやりたいとは思わないよね。
気をつけます
読んでいてハッとしました

名プレゼンテーターにも通ずるものがあるかも
すごいプレゼンでは、演者が
1.その場で話せることを心から喜び、楽しんでいることがフロアにも伝わる
2.演者のプレゼントしたいことを、こんな素晴らしいことを学んだ・知っているからフロアの方と分かち合いたいと願い、そう思っていることがフロアからもわかる

つまり、
今自分ががんばっていることは
1.それにのめり込むことを心から喜び、楽しんでいることが周囲にも伝わる
2.一人でやっても大変だし、がんばればこんな素晴らしいことを学べる・知れるから周囲の方と分かち合いたいと願い、そう思っていることが周囲からもわかる
がうまくいけば、自ずと仲間は集まってくる